FIP:Feline infectious peritonitis(猫伝染性腹膜炎)

1歳未満の子猫に多く、発症すると致死率ほぼ100%の恐ろしいウイルス性疾患です。

猫コロナウイルスというありふれたウイルスがFIPウイルスに突然変異して引き起こされるものです。

 

 

★ 今現在、猫がFIPで苦しんでいる方は、この次のGS-441524のページ(特に急いでいる方はその次のGSの補足のページ)を参考にして下さい。

 この薬で、不治の病と言われたFIPからたくさんの猫が回復していますGSの補足 その2のページ参照)。

 時間的猶予はありません。

 

 

下のサイトにわかりやすくまとめられています。

 

子猫のへや・JPEG小バナー  

猫伝染性腹膜炎(FIP)~症状・原因から予防・治療法まで

https://www.konekono-heya.com/byouki/infection/fip.html

 

 

以下も参考に

 

猫伝染性腹膜炎 感染症防御および管理に関する ABCD ガイドライン(日本語版)

(ABCD:The European Advisory Board on Cat Diseases)

https://jabfid.jp/SiteCollectionDocuments/abcd_feline_coronavirus.pdf

 

上記論文は2009年に発表されたものであり、その後新しい論文化はありませんが、ABCDのHPでは適宜情報がアップデートされています(最終更新 2019.5月)。

http://www.abcdcatsvets.org/feline-infectious-peritonitis/

ただし、この10年間でいろいろ進歩はあるものの、依然としてFIPの診断は困難であり、また確実な治療法は見つかっていません。

しかし、有望な薬もいくつか研究が進んでいます。

健康なネコにFIPVを感染させる実験研究は倫理的にも問題があるため、近年はFIPの自然発症ネコを用いた研究が主流になっているようです(下記のGS-441524の研究もそうです)。

 

UC DavisのHPより

University of California, Davis(UC Davis)の 獣医学は世界トップレベルで有名)

Feline Infectious Peritonitis Therapeutics/Clinical Trials Team

https://ccah.vetmed.ucdavis.edu/cats/resources/feline-infectious-peritonitis-clinical-trials

 

An update on feline infectious peritonitis: diagnostics and therapeutics.

(UC DavisのPedersen NCによる総説)

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1090023314001774?via%3Dihub

 

FIP Treatment

https://fiptreatment.com/

 

猫のウイルス病公式サイト:獣医ウイルス学の専門家による解説

http://www.catvirus.jp/home/fcov/infection.html

 

日本獣医学会

Q:猫伝染性腹膜炎(FIP)のウイルスを消毒するには?

https://www.jsvetsci.jp/10_Q&A/v20070706.html

 

 

以下、上記サイトの内容とも重なりますが、個人的なまとめです。

 

疫学

 

・FIPは3歳以下、特に4ヶ月から16ヶ月までの発症が多く、1歳以下が70%。

・猫コロナウイルス(FCoV)には腸管型(FECV)とFIP型(FIPV)の2種類があるが、FECVは病原性が低い。

・ブリーダーやシェルターなど多頭飼育環境ではFECVが容易に集団感染し、FIPの発症が多くなりやすい。

・FECVからFIPVへの突然変異自体は比較的高頻度で起こりうるが、実際にFIPを発症する猫は少ない。

・FIPVには血清学的に1型と2型があり、1型が多い。特に欧米ではほとんど1型だが、日本では2型が10~30%と

 欧米に比べ2型が多い。

・1型は経口感染はしないと考えられている。注射では感染可能で、動物実験に用いられる。2型は台湾で経口

 集団感染の報告あり。

・FECVと異なり、FIPVは便中へは排泄されないか少ない。

・一旦良くなったように見えても再発する場合が多く、1年生存率は5%未満である。

・FIPVは通常の乾燥した環境では7週間で失活する。したがって、新しい猫を飼う場合は2か月あけるのが望ま

 しい。

・FIPVはエンベロープを有するRNAウイルスであり、アルコールや次亜塩素酸で容易に不活化可能。

 (パルボウイルス(猫汎白血球減少症ウイルス)は非常に耐性が強い)

 

 

最近の北里大学の研究では、1型FIPVでも、ネコがFIPVに対する抗体を少量(FIPVの感染を防ぐのに不十分な量)持っている場合は、ADE(*)により経口感染する場合があるとのこと。

この研究では、1型FIPVを未処置のネコに経口投与してもFIPは発症しなかったが、あらかじめネコに抗FIPV抗体を皮下注射しておくと、50%のネコがFIPを発症した。

Pathogenesis of oral type I feline infectious peritonitis virus (FIPV) infection: Antibody-dependent enhancement infection of cats with type I FIPV via the oral route.

*ADE:antibody-dependent enhancement 「抗体依存性感染増強」のことで、ウイルスの抗原に抗体や補体が結合することにより、抗原がマクロファージ(食細胞)に取り込まれやすくなる現象

 

 

イヌのコロナウイルス(CCoV)は通常、ネコには感染しないが、イヌとネコを一緒に飼っていると、ときにネコがCCoVとFCoVの両方に感染することがある。その際、2型CCoVと1型FCoVとの間で遺伝子組み換えが起こり、2型FIPVを生じる可能性が示唆された(山口大学他)。

Emergence of Pathogenic Coronaviruses in Cats by Homologous Recombination between Feline and Canine Coronaviruses

 

 

診断

 

・1型はIDEXXのRealPCRで診断可能だが、2型はできない。ただし、1型でも血液検体ではウイルス量が少ない場合があり、腹腔内病変の穿刺をする場合は病気の猫に対する負担は小さくない。

http://www.idexx.co.jp/smallanimal/reference-laboratories/testmenu/innovative-tests/real-pcr.html

http://www.idexxjp.com/wp-content/uploads/d287d7b0bca1befcd6ded30962e15361.pdf

 

・FIPの診断は、FIP病変の組織を用いた免疫組織化学でなされるのが確実な方法だが、腹腔内組織を得るには開腹手術が必要であり侵襲が大きい。そこでエコー下針生検による細胞診の検体で抗FCoV抗体を用いた免疫染色を行い、診断の有効性を検討した。結果は感度53%、特異度91%であり、診断補助には有用であるが、これ単独での診断は困難と考えられた。

Felten S, Hartmann K, Doerfelt S, Sangl L, Hirschberger J, Matiasek K.  Immunocytochemistry of mesenteric lymph node fine-needle aspirates in the diagnosis of feline infectious peritonitis.  J Vet Diagn Invest. 2019 Mar;31(2):210-216.

 

 

治療

 

ステロイド(プレドニゾロン、デキサメタゾン):免疫抑制、抗炎症作用

食欲不振、発熱などの症状緩和には有効だが、FIPのウイルス自体に効果があるわけではない。

 

プレドニゾロンの場合、通常 2~4mg/kgの1日1回内服で開始し、症状をみながら漸減を試みることが多い。

副作用として、糖尿病や高血圧など医原性クッシング症候群を生じることがあるが、ネコはヒトに比べてステロイドに対する耐性が高いと言われている。

 

ココアはプレドニゾロン 5mg/日の内服を続けましたこれで食欲は出て、一時的には元気になりました。

 

 

インターフェロン:ウイルス増殖抑制

ネコインターフェロン:ネコIFN-ω(商品名インターキャット)

http://www.maff.go.jp/nval/tenpu/003/pdf/intercat.pdf

連日または隔日注射が必要

ABCDガイドラインでは”追加試験が必要”

 

ココアはインターキャットを当初は週1回、最期のほうは連日注射しました。

 

ヒトインターフェロン:ヒトPEG-IFN-α-2a(商品名ペガシス)

https://database.japic.or.jp/pdf/newPINS/00068045.pdf

ヒトのB型、C型慢性肝炎の治療薬

 

ヒトPEG-INF-α-2b(ペグイントロン)でも効果は同等。

 

PEG製剤であり週1回投与が可能

ABCDガイドラインでは”推奨されない”(ヒトIFN製剤であり、ネコでは抗体が産生される可能性あり)。

 

下記は猫免疫不全ウイルス(FIV)および猫白血病ウイルス(FeLV)に対する使用例。

レトロウイルス感染猫に対するペグインターフェロンα-2a療法

http://nagakusa-ah.com/info/?id=12

インスリン用注射器を用いて3~4単位/匹 (0.03~0.04ml/head)を週1回皮下注。

 

費用と注射頻度でインターキャットより便利なことから、FIPに対して用いている施設もあるらしい。

 

 

シクロスポリンA:免疫抑制、ウイルス合成阻害

日本獣医学生命科学大学・東大らのグループが研究。

細胞実験

Suppression of Coronavirus Replication by Cyclophilin Inhibitors

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3712306/

 

症例報告

Treatment of a case of feline infectious peritonitis with cyclosporin A

https://researchmap.jp/?action=cv_download_main&upload_id=106759

 

ABCDガイドラインでは”さらなる症例検討が必要”。

 

 

イトラコナゾール:ウイルス増殖抑制

北里大学の研究グループが検討(2016年度ー2018年度)。

猫伝染性腹膜炎の治療法・予防法の確立-基礎的開発から臨床試験の実施まで-

https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-16H05039/

 

もともとコレステロール細胞内輸送阻害作用を有するU18666AがFIPに有効であることを見出していたが、市販薬であるイトラコナゾールにも同様の作用があることを報告。

Antiviral activity of itraconazole against type I feline coronavirus infection

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6339390/

ただし、1型にのみ有効。

上記の論文は細胞実験だが、ネコの個体に用いる場合は10mg/kg/日の内服を提唱。

(雑誌CAP 2020.1月号によると、ネコ個体を用いた研究の論文を作成中とのこと)

 

ABCDガイドラインでは上の論文が引用されているが、個別のコメントはなし。

 

ココアはイトラコナゾールを5mg/kgで1日2回の内服を開始後、4日目に神経症状が悪化して中止しました。

(たまたまのタイミングだったと思います)

 

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最近の北里大学の論文(2022年1月)

In vitro antiviral effects of GS-441524 and itraconazole combination against feline infectious peritonitis virus

細胞実験ですが、イトラコナゾールは後述のGS-441524と相乗的にFIPVに対し抗ウイルス作用を示すそうです。

 

 

クロロキン(chloroquine):ウイルス増殖抑制(細胞内侵入抑制)

北里大学のグループが報告。

Effect of chloroquine on feline infectious peritonitis virus infection in vitro and in vivo

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23648708

クロロキンはもともと抗マラリア薬だが、細胞実験でFIPVの増殖抑制作用と抗炎症作用があり、ネコ個体実験でFIPの症状が改善した。ただし、肝障害(ALTの上昇)がみられた。

ABCDガイドラインでは”さらなる検討があるまでは推奨されない”。

 

後述のように、クロロキンは新型コロナウイルス肺炎に対する有効性も報告されている。

 

なお、クロロキンは免疫調整作用を有し、以前は日本でも慢性腎炎、てんかんに使用されていたが、重篤な副作用である網膜症の発症が多く、1974年に販売中止となった。

類似薬のヒドロキシクロロキン(商品名:プラケニル)は海外では以前から多用されていたが、日本ではクロロキンの薬害のため承認が遅れ、2015年からSLE、関節リウマチの治療薬として使用されている。

未承認薬ヒドロキシクロロキンが国内承認されるまで

 

ヒドロキシクロロキンもジカウイルス感染症(ジカ熱)に対する効果が報告されている。

Hydroxychloroquine Inhibits Zika Virus NS2B-NS3 Protease

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6312647/

 

 

・ 抗TNF-α抗体:免疫抑制

これも北里大学の研究グループがFIPに有効であることを報告している。

Development of a mouse-feline chimeric antibody against feline tumor necrosis factor-alpha

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5059372/

ABCDガイドラインでは"プラセボ対照試験が必要"。

ただし、製剤化はされておらず、一般では入手困難と思われる。

 

ヒト用の抗TNF-α抗体製剤(レミケードなど)はあるがFIPに対する検討の報告はない。

 

 

ポリプレニル免疫賦活剤(Polyprenyl immunostimulant, PI):免疫賦活作用

本来はネコヘルペスウィルス感染症の治療薬

テネシー大学らのグループがFIPVに対する効果を報告(2009年、2017年)

Polyprenyl Immunostimulant Treatment of Cats with Presumptive Non-Effusive Feline Infectious Peritonitis In a Field Study

 

60匹のドライタイプのFIPの猫に投与。

16 匹は100日以上、8匹は200日以上、4匹は300日以上生存。

なお、ステロイドと併用しないほうが、生存期間が有意に延長。

 

Sass & Sass, Inc社が製造し、VetIMMUNE社が販売。

http://vetimmune.com/polyprenyl-immunostimulant/

 

ただし、購入は獣医師を通じてのみ可能。

上のサイトのOrder→Vet locaterで検索すると、

日本では

東京 2か所、伊勢 1か所、大阪 2か所、大分 1か所

の動物病院が扱っているようです(実際には、これ以外にも取り扱っているところもあるようです)。

 

上記のようにドライタイプのFIPにはそこそこ効く可能性はあるようですが、効果はあくまで限定的のようです。

しかし、後述のようにGC376やGS-441524はドライタイプには効果が出にくいことがあるので、その場合にはこのPIも考慮に値するのかもしれませんが、実際にはそこまでの時間的猶予はないのかもしれません。

ただし、GCやGSと違って正規品なので、獣医師にとっては使用しやすいかもしれません。

 

 

オザグレル(Ozagrel 商品名 カタクロットなど):血小板凝集抑制、血管炎に対する抗炎症作用

1998年の東大のグループによる2匹のネコに関する症例報告があるのみ。

Effect of thromboxane synthetase inhibitor on feline infectious peritonitis in cats.

 ABCDガイドラインでは"さらなる研究結果が出るまでは勧められない"。

 

 

抗HIV薬:RNAウイルス合成阻害

ネルフィナビル(nelfinavir   商品名 ビラセプト)

https://database.japic.or.jp/pdf/newPINS/00057384.pdf

 

台湾の研究グループが報告。

Synergistic antiviral effect of Galanthus nivalis agglutinin and nelfinavir against feline coronavirus.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20603153

細胞実験で、 ネルフィナビルとGalanthus nivalis agglutinin(スノードロップ凝集素)を併用すると、相乗的にFIPVの複製を阻害。

 

上記2010年の論文が一つあるのみで、ネコの個体を用いた検討はない。

 

HIVはFIPVと同じRNAウイルスであり、両者のウイルス合成には共通経路も多いため、抗HIV薬はFIPVにも効く可能性はありそうです。また、下記のエボラやインフルエンザもRNAウイルスであり、抗インフルエンザ薬のファビピラビル(アビガン)がエボラにも有効と言われることからは、ファビピラビルとともに抗インフルエンザ薬のオセルタミビル(タミフル)やバロキサビル(ゾフルーザ)がFIPにも効く可能性も考えられますが、残念ながらそのような検討はまだないようです。

 

と思いましたが、改めてネットで検索すると、FIPに対してタミフルを投与した例はいくつかあるようです。

しかし、そのいずれも明らかな効果は見られなかったようです。

下記はパルボウイルスに対するタミフルの効果を検討した学会発表ですが、ここでもFIPに対する有用な結果は見られなかったそうです。

犬と猫のパルボウイルス感染症に対するリン酸オセルタミビルの効果

 

ただし、この発表にもあるようにタミフルはネコのパルボウイルスに対しては有効のようです。

しかし、タミフルはノイラミニダーゼというインフルエンザウイルスが有する酵素を阻害してウイルスの増殖を抑制する薬ですが、パルボウイルスはノイラミニダーゼを持たないため、どうしてタミフルが効くのかはわかっていないようです。

なお、FIPVのもととなるコロナウイルスもノイラミニダーゼは持っていません。

 

 

GC376:3C様プロテアーゼ阻害薬; RNAウイルスの合成阻害

Kansas州立大学のグループが開発し、UC DavisがFIPに対する効果を検討。

Broad-spectrum antivirals against 3C or 3C-like proteases of picornaviruses, noroviruses, and coronaviruses.

Efficacy of a 3C-like protease inhibitor in treating various forms of acquired feline infectious peritonitis.

 

ZenByCatというNPOを運営するPeter Cohenの飼い猫のSmokeyは、このUC DavisのGC376の治験に参加して、FIPが治ったそうです。

Dr. Pedersen からGC376を注射されるSmokey

 

このように有望な薬ですが、まだ治療薬としては承認されておらず、正規のルートでの入手は困難です。

後述のように、black marketではMUTIANから入手が可能のようですが(MUTIAN I)、どうせならGS-441524(MUTIAN II)のほうがより有効のようです。

 

なお、GC376は、カンサス州立大学(カンサス州)がパテントを持っていますが、ライセンスをAnivive Lifesciences社に与えたそうです。

Anivive Lifesciencesは商品化を目指しており、近々臨床試験を始めるようでHPで参加者を募集をするようです。

というわけで、後述のGS-441524よりもGC376のほうが、実際に正規品が販売されるのは早くなりそうです。

 

 

最近、新型コロナの治療薬として実用化された下記の2つの薬品も3C様プロテアーゼ阻害薬です。

なので、FIPに対しても有効な可能性があります。

Nirmatrelvir/Ritonavirニルマトレルビル/リトナビルパキロビッド

Ensitrelvirエンシトレルビルゾコーバ) 

 

下記のDr. Pedesenのコメントによると、nirmatrelvirは体内で代謝されるとGC-376の活性型であるGC-373の類似化合物になるそうです。パキロビッドは承認薬で獣医にも入手しやすいので、nirmatrelvirのFIPに対する効果を検討するべきだと、Dr. Pedersenも書いています。

Status of FIP treatment and prevention in 2022

Niels C. Pedersen, DVM PhD November 28, 2022

 

すでに下記のUC Davisの論文によると、細胞実験ではnirmatrelvirはFIPVに対する有効性が示されているようです。

An Optimized Bioassay for Screening Combined Anticoronaviral Compounds for Efficacy against Feline Infectious Peritonitis Virus with Pharmacokinetic Analyses of GS-441524, Remdesivir, and Molnupiravir in Cats

Viruses. 2022 Nov 1;14(11):2429.

 

なお、新型コロナの重症化(入院または死亡)のリスクをパキロビッドは88%低下させましたが、ゾコーバには重症化予防効果はみられませんでした(ラゲブリオは30%)。

つまり新型コロナに対する効果はパキロビッド>>ゾコーバとも考えられます。

 

 

・レムデシビル Remdesivir(GS-5734 ):RNAウイルスの合成阻害

エボラウイルスの治療薬として、アメリカ陸軍感染症医学研究所(USAMRIID)・アメリカ疾病予防管理センター(CDC)・ボストン大学などが研究し、Gilead Sciencesが製造。

(2016年にNature誌に発表)

Therapeutic Efficacy of the Small Molecule GS-5734 against Ebola Virus in Rhesus Monkeys

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5551389/

 

GS-5734はニパウイルス感染症にも有効。

Remdesivir (GS-5734) protects African green monkeys from Nipah virus challenge.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31142680

 

試薬として市販もされているが、極めて高価。

https://www.medchemexpress.com/Remdesivir.html?src=google-product&gclid=EAIaIQobChMI6POk5Zne4wIVVHRgCh1akwXjEAAYASAAEgIYE_D_BwE

 

UC Davis の研究グループが下のGS-441524とともにFIPにも有効であることを報告。

The nucleoside analog GS-441524 strongly inhibits feline infectious peritonitis (FIP) virus in tissue culture and experimental cat infection studies.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29778200

 

ネコの細胞実験では、FIPVに対しGS-441524とGS-5734は同等の抑制効果

GS-441524 and GS-5734 were found to have comparable EC50 (1.0 µM) and CC50 (>100 µM) values against FIPV in cat cells. 

 

なお、エボラに対しては、その後remdesivir (GS-5734)よりも抗体療法のほうが、効果の高いことが示されており、今後エボラの治療には抗体療法が用いられるとのこと。

エボラ出血熱、ついに「治療可能」に

エボラ熱「治療可能」か 新薬が「90%の生存率」示す

 

しかし、Gilead社は、GS-5734がエボラの薬としてFDAの承認を得るまでは、GS-441524のライセンスを他社に与える気はないようです。これについては、多くの人が怒りを表明しています。

 

 

GS-5734はMERSウイルスに対しても効果があるそうです。

 Comparative therapeutic efficacy of remdesivir and combination lopinavir, ritonavir, and interferon beta against MERS-CoV

 

 

Gilead社はGS-5734を新型コロナウイルス肺炎治療に使用することを検討中だそうです。(2020.1.24)

ギリアド、新型肺炎治療でエボラ治験薬利用の可能性を協議

 

その後、下記のように実際に使用。  

 

アメリカの新型肺炎第1号の患者は、従来治療では日に日に状態が悪くなっていったので、compassionate use(人道的使用)としてremdesivir (GS-5734)を投与したところ、1日で著明に改善したそうです。

 First Case of 2019 Novel Coronavirus in the United States

 

その後、世界中で多くの臨床研究が行われ、いろいろな報告がありますが、総じてremdesivirは有効との結果が多く得られています。

 

これにより、日本でも2020年5月7日にremdesivirは新型コロナウイルス肺炎(COVID-19)の治療薬として承認されました。

商品名:ベクルリー

ただし、当面はギリアド社からの無償提供で薬価が決まっていないため、一般の入手や購入は不可能です、

 

 

 一方、オーストラリアでは2020年にBova Australiaという調剤薬局( compounding pharmacy)によって、Remdesivirが供給されることになり、一般の動物病院で使用が可能となったそうです。その後イギリスでもBOBA UKにより入手可能となったようです。

Remdesivirは皮下注として使用されるようです。

Treatment of FIP in cats with subcutaneous remdesivir followed by oral GS-441524 tablets

Bova Australia

 

下記はオーストラリアのTurramurra Vet Hospitalという動物病院のサイトです。

https://www.turramurravet.com.au/fip/

これによると、remdesivirの費用は以下のようです。

BOVA sourced remdesivir is $280 per 100mg vial.

 

Treating a 2.5kg cat with effusive FIP for 12 weeks with remdesivir (25mg per day or 2.5ml) requires approximately 21 vials so costs approximately $6000.

 

 

 

上の図のように、RemdeisivirとGS-441524は非常によく似た化合物であり、Dr.PedersenもGS-441524が新型肺炎に効くかもしれないと言っているそうです。

ただし、GSが人に使われるようになった場合、ネコはどうなるのかと心配しているようです。

Feline coronavirus treatment could stop spread of COVID-19 in humans, doctor says

(FOX 13 News  2020.2.14)

 

香港では新型コロナ肺炎(COVID-19)ウイルスが人から犬に感染したとして、話題になっています。

ペットの犬が新型コロナに感染 飼い主から伝染か 香港(朝日新聞 2020.3.5)

ただし、犬は発症しておらず、犬から人にうつったという報告もないようです。

 

一方、COVID-19やSARSがネコに感染したという話は聞かないように思います。

しかし、COVID-19ウイルスとSARSウイルス(SARS-CoV)はともにACE2を受容体として細胞に感染するそうで、実験的にはSARSウイルスがネコに感染し、肺炎を生じるという報告もあります。

Pathology of experimental SARS coronavirus infection in cats and ferrets.

GS-441524

内容が長くなり読みづらくなってきたので、次のページその次のページに内容を移動しました。

 

 

・モルヌピラビル(molnupiravir)

これも内容が長くなったので、別のページに移しました。

 

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今後の展開:新しい治療薬の可能性

 

FIPのもととなるコロナウイルス属のウイルスによる人の重症感染症としてSARSとMERSがあります。

(2020年1月現在 中国の武漢で問題となっている新型肺炎もコロナウイルスによるものです)

 

・重症急性呼吸器症候群(SARS)

SARSコロナウイルスによる全身性の感染症で、2002年11月16日に、中国南部の広東省で非定型性肺炎の患者が報告されたのに端を発し、北半球のインド以東のアジアやカナダを中心に感染拡大、2003年3月12日にWHOから「グローバルアラート」が出され、同年7月5日に終息宣言が出されるまで、32の地域と国にわたり8,000人を超える症例が報告された。

 

・中東呼吸器症候群(MERS)

MERSコロナウイルスによる感染症で、2012年9月にサウジアラビアで初めて患者が報告されて以降、サウジアラビア、ヨルダン、アラブ首長国連邦、カタールを含む中東諸国や、フランス、ドイツ、イタリア、英国などの欧州やチュニジアから患者が断続的に報告されている。

2019年8月末までに報告された診断確定患者数は2464名(うち、少なくとも850名死亡) 。

 

SARSとMERSウイルスはFIPVと同じコロナウイルスであり、これらの治療薬はFIPにも効果を示す可能性があります。

以下のようにDr. Pedersenも、「SARSの出現によりコロナウイルスの治療薬の研究が進んだが、その終息とともに研究は終了となった。しかし、人々がコロナウイルスに関心を持つようになった」 と述べています。

 

Understanding how to block inflammation and the development of anti-viral drugs would be ways we could fight it. There is no reason why these can’t be developed. In fact this was happening following the appearance of the severe acute respiratory syndrome (SARS)- another coronavirus disease, but of humans. However, this research was curtailed when SARS failed to spread to the general population and was easily contained. But it made human researchers interested in the corona virus. 

 

 

一方、MERSは現在も感染が続いており深刻な問題となっています。

このため、ワクチンや治療法に関する研究が現在も精力的に続けられています。

 

 

MERSの治療薬の研究

 

Oncotarget. 2017 Feb 7.

Middle east respiratory syndrome corona virus spike glycoprotein suppresses macrophage responses via DPP4-mediated induction of IRAK-M and PPARγ.

MERSウイルスはマクロファージ表面のDPP4を受容体としてマクロファージに侵入し、免疫能を抑制するが、DPP4阻害薬のsitagliptinはこの抑制を阻止した。

(sitagliptin [ジャヌビア・グラクティブ]は一般的な糖尿病薬で、日本でも毎日100万人以上の人が使用しています。しかし、sitagliptinを飲んでいる人が実際にMERSにかかりにくいかどうかというデータはないようです。)

 

ちなみに、DPP4は人では肺に多く、ラクダでは鼻粘膜に多いため、人は肺炎となり、ラクダは鼻炎となるそうです。

Host Determinants of MERS-CoV Transmission and Pathogenesis.

 

 新型コロナ肺炎ウイルス(SARS-CoV-2)はACE2を受容体としますが、結合部位の構造はDPP4によく似ているそうで、DPP4阻害薬が SARS-CoV-2の細胞内への侵入を抑制したという報告があります。

Emerging WuHan (COVID-19) coronavirus: glycan shield and structure prediction of spike glycoprotein and its interaction with human CD26

 

そして、実際に北イタリアの 新型コロナ肺炎(COVID-19)の糖尿病患者333名の研究で、インスリン単独治療群の死亡率が37%だったのに対し、sitagliptin併用群では18%と半減したそうです。

その機序としては、DPP4阻害による、1)ウイルスの細胞内侵入の抑制、2)炎症性サイトカインの産生抑制によるサイトカインストームの予防、3)血糖コントロール改善が想定されているそうです。

Sitagliptin Treatment at the Time of Hospitalization Was Associated With Reduced Mortality in Patients With Type 2 Diabetes and COVID-19

Diabetes Care 2020 Sep; dc201521.

 

 

なお、sitagliptinは猫の糖尿病治療にも有効のようです。

猫におけるインクレチン関連薬が糖代謝およびインスリン分泌に与える影響の検討

 

 

J Virol.  2019 Oct 2. 

Small molecule antiviral β-D-N 4-hydroxycytidine inhibits a proofreading-intact coronavirus with a high genetic barrier to resistance.

NHCというnucleoside analoguesがMERSウイルスの増殖を抑制した。

(GS -441524もnucleoside analoguesの一つです)

 

 

Chem Biol Drug Des.  2019 Aug 22.

Characteristics of flavonoids as potent MERS-CoV 3C-like protease inhibitors

いくつかのフラボノイドがMERSウイルスの3C-like proteaseを阻害した。

(GC376も3C-like protease阻害薬です)

 

 

以下は、すでに一般に使用されている医薬品で、細胞実験ですが中東呼吸器症候群(MERS)ウイルスに効果があると報告されているものです。

Development of Small-Molecule MERS-CoV Inhibitors.

 

camostat(フォイパン:蛋白分解酵素阻害剤、膵炎)

nafamostat(フサン:蛋白分解酵素阻害剤、抗凝固剤)

teicoplanin(タゴシッド:抗菌剤)

chlorpromazine(クロルプロマジン:向精神薬)

loperamide(ロペミン:下痢止め)

 

特にcamostatについては研究が進んでいるようです。

Middle East respiratory syndrome coronavirus infection mediated by the transmembrane serine protease TMPRSS2.

 

MERSウイルスもコロナウイルスなので、FIPVにも(あるいは新型コロナウイルス肺炎にも)有効かもしれません。

 

 

人の薬の開発には、動物薬よりもずっと多額の予算がつぎ込まれます。

いずれは、これらの薬の中からFIPの特効薬が見つかることが期待されます。