1.SIADHの症状は低Na血症によるものであるが、無症状のことも多く、症状のみから疑うのは難しい。
2.検査所見として重要なのは、低Na血症、尿中Na高値、低張尿でない、血清尿酸低値、などであり、基礎疾患や薬剤服用歴があれば可能性が高くなる。
3.鑑別診断として紛らわしいのは中枢性塩類喪失症候群(CSWS)と高齢者における鉱質コルチコイド反応性低Na血症(MRHE)であるが、副腎不全の除外は重要である。
4.低Na血症の治療では、血清Naを急速に上げすぎると橋中心髄鞘崩壊などの深刻な浸透圧性脱髄を生じる可能性があるので、過剰補正は禁忌である。
1) SIADHの病態
抗利尿ホルモンであるバゾプレシン(AVP)は下垂体後葉から分泌され、腎尿細管で水の再吸収を促進して抗利尿作用を示す。飲水や輸液により体内水分量が増加して血漿浸透圧が低下すると、AVPの分泌が抑制され、水利尿が増加する。その結果、体内水分量が減少し、血漿浸透圧は回復する。これに対し、SIADHでは血漿浸透圧が低下しても、何らかの原因によりAVPの分泌が十分抑制されず、水利尿不全から体内水貯留が進行して希釈性の低Na血症を呈する。循環血漿量増加による尿中Na排泄量増大も低Na血症の進行に関与する。尿細管での尿酸の再吸収の減少により尿酸の尿中排泄も増加し、低尿酸血症を呈する。
2) SIADHの原因
SIADHの原因としては異所性AVP産生腫瘍、中枢神経疾患、炎症、薬剤などがある。異所性AVP産生腫瘍としては肺小細胞癌、膵癌、胸腺腫、中皮腫、前立腺癌、子宮癌などがある。中枢神経系疾患としては脳腫瘍、脳炎、髄膜炎、くも膜下出血、頭部外傷などがあり、頭蓋内疾患により視床下部からのAVP分泌が直接刺激されるためと考えられる。炎症性疾患では、炎症部位で産生されたIL-6やIL-1βなどのサイトカインが視床下部に作用しAVPの分泌を刺激すると考えられている。肺炎、結核、肺膿瘍などの胸腔内疾患ではSIADHを生じることがよくある。低酸素血症、胸腔内圧上昇による静脈環流の減少、サイトカイン産生など複合的要因によるAVPの分泌亢進と考えられる。薬剤としてはカルバマゼピンなどの向精神薬やシスプラチンなどの抗癌剤がよく知られおり、AVPの分泌と腎作用の増強の両方の機序が示唆されている。近年は選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やプロトンポンプ阻害剤(PPI)によるものの報告も増えている。
SIADHの症状は低Na血症によるものであって非特異的であるため、自覚症状のみから疑うのは困難である。以下のような検査所見がみられればSIADHの存在が示唆される。さらに、何らかの炎症、中枢神経疾患、抗うつ薬などの服薬歴があれば可能性が高くなる。
1) 低Na血症 (血清Na 135 mEq/L未満)
2) 尿中Na 高値 (尿中Na 20 mEq/L以上)
3) 低張尿でない (尿比重1.010以上)
4) 血清尿酸低値 (血清尿酸 5 mg/dL未満)
SIADHの症状は低Na血症によるものであり、急性の場合は脳浮腫により意識障害が見られ症候性の低Na血症となる。軽い場合は記銘力低下、失見当識などであり、重症になると痙攣・昏睡にいたることもある。嘔気・嘔吐も頻繁に見られ、これ自体がAVPの分泌刺激となってSIADHの増悪因子となる。慢性の場合は明らかな症状がみられず非症候性Na血症となることが多いが、この場合でも厳密には軽い認知能の低下や易転倒性などがみられることがある1)。最近では低Na血症に伴う骨粗鬆症も問題となっている2)。
生化学検査
血清(電解質、尿素窒素、尿酸、クレアチニン、蛋白、脂質)、血糖値、血漿浸透圧、尿中電解質、尿浸透圧
内分泌検査
AVP, ACTH, コルチゾール, レニン, アルドステロン, 甲状腺ホルモン
画像検査
頭部MR, 胸部CTなど
SIADHの原因検索に有用のことがある。
1) 血清Na濃度、血漿浸透圧
低浸透圧性の低Na血症を呈する。正浸透圧性の低Na血症の例として、血液中の脂質や蛋白成分が非常に多い場合、それによる血漿量増大のために見かけ上血清Na値が低下するいわゆる偽性低Na血症を呈することがある。また、正あるいは高浸透圧性の低Na血症を呈する場合の代表的な例として、著明な高血糖では血清Na値が低下することが知られている。これは血糖上昇により細胞外液の浸透圧が上昇して細胞内から細胞外への水の移動が起こり、細胞外液が希釈されてNa値が低下するものである。一般に血糖値100 mg/dLの上昇に対し血清Na値が1.6 mEq/L低下するというKatzの補正式が知られているが、妥当性については結論は出ていない。
2) 尿中Na濃度
前述のようにSIADHでは低Na血症にもかかわらず尿中Na排泄は亢進しており、尿中Na濃度は20 mEq/L以上となる。蓄尿で検査する必要はなく、随時尿での評価でよい。また、尿中Na濃度は、診断だけではなく経過の予想や治療方針の決定にも参考になる。
3) 血漿AVP濃度
血漿AVP濃度を評価するときは、血清Naあるいは浸透圧との相関で評価することが重要である。この場合のAVPの分泌過剰というのはあくまで血漿浸透圧に対しての相対的分泌過剰という意味であり、血漿浸透圧が低くてもAVPの分泌が抑制されないことが重要であって、必ずしも血漿AVPの絶対値が高値である必要はない。血清Naが135 mEq/L未満で血漿AVP濃度が測定感度以上であれば、それだけでもAVP分泌過剰状態である可能性が高い。しかし、AVPの分泌抑制不全があるからといってSIADHとは限らない。低張性脱水による低Na血症の場合でも容量受容体系の刺激を介したAVPの相対的過剰分泌はみられ、実際には低Na血症においてAVPが測定感度以下に抑制されるのは稀である。また検査結果が出るのには日数を要する。この点で、血漿AVP測定のSIADH診断における有用性は実際には限定的ともいえる。ただし、血漿AVPが10 pg/mL以上と著明高値が続く場合は、異所性AVP産生腫瘍の疑いが強くなる。
4) 尿浸透圧
尿浸透圧は300 mOsm/kgを超えるとなっている。しかし、低浸透圧血症にもかかわらずAVPの分泌が抑制されず、その結果最大希釈尿が認められないということを意味する所見であり、したがって一般に言われているように必ずしも血漿浸透圧を上回る必要はなく、少なくとも100 mOsm/kg以上であればよいという意見もある。尿浸透圧ほど正確ではないが、尿比重も簡便な指標となる。尿比重 1.010が尿浸透圧 350 mOsm/kg, 1.020が700 mOsm/kgにほぼ相当するので、低浸透圧血症にもかかわらず尿比重が1.010以上であれば、血漿浸透圧よりも尿浸透圧が高いと推定される。
4) 血清尿酸低値
尿酸排泄亢進及び体液量増大による希釈の結果、尿酸は低値で通常5 mg/dL以下となる。これは脱水による低Na血症との鑑別に有用である。
表1.バゾプレシン分泌過剰症(SIADH)の診断の手引き
[厚生労働省難病対策事業間脳下垂体機能障害調査研究班(2023年版)]
Ⅰ.主症候
1.脱水の所見を認めない。
Ⅱ.検査所見
1.血清ナトリウム濃度は135 mEq/lを下回る。
2.血漿浸透圧は280mOsm/kgを下回る。
3.低ナトリウム血症, 低浸透圧血症にもかかわらず, 血漿バゾプレシン濃度が抑制されていない。
4.尿浸透圧は100 mOsm/kgを上回る。
5.尿中ナトリウム濃度は20 mEq/l以上である。
6.腎機能正常
7.副腎皮質機能正常
8.甲状腺機能正常
Ⅲ.参考所見
1.倦怠感, 食欲低下, 意識障害などの低ナトリウム血症の症状を呈することがある。
2.原疾患(表1)の診断が確定していることが診断上の参考となる。
3.血漿レニン活性は5 ng/ml/h以下であることが多い。
4.血清尿酸値は5 mg/dl以下であることが多い。
5.水分摂取を制限すると脱水が進行することなく低ナトリウム血症が改善する。
IV.鑑別診断
低ナトリウム血症をきたす次のものを除外する。
1.細胞外液量の過剰な低ナトリウム血症:心不全、肝硬変の腹水貯留時、ネフローゼ症候群
2.ナトリウム漏出が著明な細胞外液量の減少する低ナトリウム血症:原発性副腎皮質低下症、塩類喪失性腎症、中枢性塩類喪失症候群、下痢、嘔吐、利尿剤の使用
3.細胞体液量のほぼ正常な低ナトリウム血症:続発性副腎皮質機能低下症(下垂体前葉機能低下症)
(附記)下垂体手術後の遅発性低ナトリウム血症は約20%に発症する比較的頻度の高い病態である。SIADHや中枢性塩類喪失症候群が原因となるが、病態が経時的に変化することがあり注意を要する。
[診断基準]
確実例: ⅠおよびⅡのすべてを満たすもの。
表2に低Na血症の原因を示す。このように体液量と尿中Na濃度で鑑別診断をしていくのが簡便と思われる。心不全、肝硬変などの浮腫性疾患と、腎不全は他の臨床症状あるいは検査所見より鑑別は容易と思われる。脱水を伴う低Na血症では利尿剤使用を除けば体内Na欠乏により尿中Na濃度は低下している場合がほとんどである。ただし、嘔吐の場合は、胃液喪失による代謝性アルカローシスがあると重炭酸イオンの尿中排泄が増え、それに伴って尿中Na排泄が増加するので、Na欠乏があっても尿中Na濃度が低下しないことがある。この場合は、尿中Naに比べCl濃度が不均衡に低値となるのが診断の目安となる。
SIADHと鑑別を要する代表的な疾患として以下のものが挙げられる。実際にはこれらが複合している場合もあるので注意が必要である。
1) 副腎不全
下垂体性の副腎不全の場合、コルチゾールの分泌は低下しているが、レニン-アンギオテンシン系による調節が主体であるアルドステロンの分泌は保たれている。コルチゾールはAVPの分泌を抑制する作用を持つので、コルチゾールが不足すると、血清Naが低値でもAVPの分泌が抑制されず、SIADHと同様の病態となる。一方、原発性の副腎不全の場合はアルドステロンの分泌も障害されるので、鉱質コルチコイド作用の減弱により尿中Na排泄が増大して塩類喪失による低Na血症を呈する。この場合、水貯留は生じず、Kの尿中排泄低下により血清Kは高値となる。コルチゾールは検査結果が出るのに日数を要する場合が多いが、血中好酸球増加、低血糖、低血圧などが副腎不全を疑う目安となる。
2) 甲状腺機能低下症
甲状腺機能低下症でも低Na血症を呈することが知られている。しかし、実際には甲状腺機能低下症による低Na血症は一般に軽度であり、重篤な低Na血症を呈することはまずない。この場合の低Na血症は、甲状腺機能低下により心拍出量が減少して容量刺激によるAVP分泌が亢進するためといわれている。
3) 中枢性塩類喪失症候群(cerebral salt wasting syndrome: CSWS)
SIADHと同様に体液量がほぼ正常で尿中Na濃度は高値を呈する。CSWSはくも膜下出血、頭部外傷など中枢神経疾患に伴い、尿中Na排泄亢進が増加し低Na血症となるものである。その機序としては腎への遠心性交感神経刺激の障害や、ANP,BNPなどのNa利尿ホルモンの分泌増加が推察されている。Naのみならず尿酸やリン酸の再吸収も障害されることから、主な病変部位は近位尿細管とも想定されているが、ANP,BNPの作用部位は遠位尿細管以降であり、未だ不明な点が多い。実際には明らかな中枢神経疾患を伴わない場合もあるので、より拡大した概念として腎性Na喪失症候群 (renal salt wasting syndrome: RSWS)という名称のほうが適切だという意見もある3)。
SIADHは最初に水貯留があって、その結果二次的に尿中Na排泄亢進が生じるものであるが、CSWSは逆にまず尿中Na排泄亢進があり、その結果循環血漿量が減少して二次的にAVPの分泌亢進が生じるものである。すなわち、SIADHとCSWSは病態が進行した段階ではともに尿中Na排泄増加とAVPの分泌亢進を生じており、類似の病像を呈していて鑑別は困難となる。ただし、SIADHは慢性状態となっても体液量はやや増加しており、これに対しCSWSでは体液量はやや減少している。しかし、その程度はともに±10%以内と軽度であり、実際の臨床の場で起立性低血圧、毛細血管再充填時間、皮膚のツルゴール、口腔粘膜の乾燥などの指標によりその差を見極めるのは困難な場合が多い。
検査所見上もCSWSとSIADHは同様であり鑑別は出来ない。ただし、CSWSでもSIADHでも血清尿酸値はともに低値であるが、CSWSでは低Na血症の回復後も血清尿酸値が低値のままであるのに対し、SIADHでは低Na血症の回復後には血清尿酸値が上昇するという報告もある4)。
CSWSではNa利尿のために多尿を呈する場合も多く、特にくも膜下出血の後などでは多尿のためにSIADHというよりむしろ中枢性尿崩症と紛らわしい場合もある。しかし、CSWSでは尿中Na濃度及び尿浸透圧が高値であるが、尿崩症では低張尿で血清Naは高めとなる。また、CSWSと中枢性尿崩症の両者の合併例も報告されている5)。
4) 高齢者における鉱質コルチコイド反応性低Na血症(mineralocorticoid responsive hyponatremia of elderly; MRHE)
高齢者ではレニン-アンジオテンシンーアルドステロン系(RAA系)の反応性の低下により、腎でのNa保持能が低下するというものである6)。本邦で提唱されている疾患概念であり、体液量がほぼ正常な低Na血症に分類されるが、厳密には軽度の体液量減少がある。病態としてはCSWSと同様にRSWSであるといえ、種々雑多な病態を含むあいまいな疾患概念であるCSWSのうちの一つであるという考え方もある。しかし、CSWSでは近位尿細管でのNa再吸収障害が主体であるのに対し、MRHEは遠位尿細管の機能異常によるものであって、病変部位が異なるという説もあるが、不明な点が多く今後の検討を要する。検査所見からはSIADHと区別は出来ず、体液量の評価が決め手になるが、前述のCSWSの場合と同様に、実際には鑑別困難なことが多い。
5) 利尿剤
利尿剤による低Na血症の多くはサイアザイド剤によるものでありループ利尿薬によるものは少ない。利尿剤による低Na血症というと、Na欠乏による脱水型の低Na血症を想像しがちであるが、実際には検査上はSIADHパターンとなることが多い7)。特に高齢女性でアンジオテンシン受容体拮抗剤(ARB)などのRAA系阻害剤を内服し、脱水予防に多飲水を習慣としている人によくみられる。降圧剤によるRAA系の抑制、利尿剤による尿中Na喪失と多飲水による体液希釈が組み合わさったものであり、前述のCSWS, MRHEと似たような病態と言える。利尿剤内服の場合、尿中Na排泄は亢進するので尿中Na濃度は体液量の指標にはならないが、この場合でも尿酸は体液量の評価に有用とされる。近年ARBとサイアザイド合剤の普及によりこのタイプの低Na血症が増えているので注意が必要である。
6) Beer-potomaniaあるいはtea-and-toast diet
塩類や蛋白の経口摂取量が少ないことにより起きる低Na血症であり、アルコール依存症患者や極端な菜食主義者などにみられることがある8)。腎の尿希釈能には限界があり浸透圧50 mOsm/kg以下の尿は生成できない。このため、塩類や蛋白質の摂取量が少ないと尿中の溶質が少なくなって水排泄障害をきたす。(例:通常尿中溶質量は600 mOsm/日程度なので、最大希釈尿の浸透圧が50 mOsm/kgであれば12 L/日の尿排泄が可能である。しかし、尿中溶質量が300 mOsm/日しかなければ6 L/日の尿しか生成できなくなる。さらに、脱水傾向でAVPの抑制不全があり、最大希釈尿が300 mOsm/kgまでしか希釈できないとすると、1L/日の尿排泄しか出来なくなり、容易に水貯留を生じることになる)。Na欠乏があるとはいえ病態としてはSIADHと同様に水貯留による希釈性の低Na血症と考えられるが、尿中Na濃度および尿浸透圧は低値となる。
7) 運動に伴う低Na血症 (Exercise associated hyponatremia: EAH)
マラソンなどの運動に伴う低Na血症である。これは運動により傷害を受けた筋細胞から放出されたサイトカインによりAVP分泌が亢進し、それと運動中の過剰な水摂取が重なることによる急性の水中毒と考えられ、一種のSIADHであるともいえる。アメリカではボストンマラソンで死者も出て大きな問題となり治療ガイドラインが作成されている9)。
表2.低Na血症の原因(略語については本文参照)
体液量が減少
尿中Na < 20mEq/L:下痢、(嘔吐)、火傷
尿中Na > 20mEq/L:利尿剤、鉱質コルチコイド不足
体液量がほぼ正常
尿中Na > 20mEq/L:SIADH、糖質コルチコイド不足、甲状腺機能低下症、CSWS、MRHE
尿中Na < 20mEq/L:Beer-potomaniaあるいはtea-and-toast diet
体液量が増加
尿中Na < 20mEq/L:心不全、肝硬変、ネフローゼ症候群
尿中Na > 20mEq/L:腎不全
1.水負荷試験
低浸透圧領域でのAVP分泌抑制の有無をみるために、水負荷試験をすすめている教科書もある。方法としては早朝排尿後に体重(kg)あたり20 mlの水を15~30分以内に飲水し、4時間後まで経時的に尿量と血漿AVP濃度を測定する。しかし20 ml/kg体重の急速水負荷をすると健常人でも一時的には5 mEq/L程度の血清Naの低下の可能性があり、SIADH患者の場合はさらに遷延性の低Na血症のリスクを負わせることになる。また水負荷試験は判断基準があいまいな面がある。一般には正常反応は負荷後4時間以内に80%以上の水排泄とされているが、これは試験開始時の状態や腎機能により影響を受ける。脱水や腎障害があれば、当然ながら負荷後の水排泄は低値となる。また血漿AVP値の抑制についてもはっきりした評価基準はない。SIADHの中には、浸透圧刺激に対するAVPの分泌反応は保持されるが分泌閾値が低下するタイプがありreset osmostat型と呼ばれる10)。この場合は、たとえ低浸透圧領域であっても、水負荷による血漿浸透圧の低下に従いAVP分泌が抑制されることもある。このように、リスクもあり評価基準もあいまいな面のある検査なので、適応は慎重に検討する必要がある。
2.生理食塩水負荷
これは確定診断のための負荷試験というものではなく、SIADHかCSWS (MRHE)かの診断に困ったときにその鑑別に有用と考えられる診断的治療である。SIADHであれば生理食塩水を投与しても尿中Na排泄が増えるだけで血清Naの上昇がみられずむしろ低下することもあるが、CSWS (MRHE)であれば生理食塩水投与により血清Naの上昇がみられる。後者の場合、生理食塩水負荷により循環血漿量が増加しAVP分泌が抑制されて水利尿が増大するため、およびNa負荷によるものと考えられる。24時間で2Lの生理食塩水を投与して血清Na濃度が 5 mEq/L以上の上昇の場合に反応ありとしているものもあるが、実際には特に決まった方法や評価基準があるわけではない。SIADHに生理食塩水を投与してもさしたる悪影響は見られないが、CSWS (MRHE)に水分制限をすると脱水が増悪し全身状態の悪化を惹起する可能性があるので、両者の鑑別に迷った場合は、水制限よりも生理食塩水投与の方が安全である。
1)水制限
AVPの過剰分泌だけではSIADHとはならない。そこに飲水過剰があってはじめて低Na血症となる。したがって、SIADHの治療の基本は水制限となる。教科書的には食物中の水分を含めて1日15~20 ml/kgに制限するとしてあるものが多い。しかし、日本食は一般に水分量が多く、食物中の水分だけでも1L/日程度あるので、この制限は実際には困難である。このため、まずは食事外の水分量として1L/日程度とし、低Na血症の改善の程度を見て必要により強化するというほうが現実的と思われる。
飲水制限量(食物中の水分を含めて)の目安:尿浸透圧より
★1日の尿中溶質排泄量=体重 × 10 mOsm → 体重60kgの人で600 mOsm程度
・尿浸透圧が150mOsm/kgであれば4Lの尿の生成が可能(不感蒸泄-代謝水を500mlとして、飲水量は4.5L)
・尿浸透圧が300mOsm/kgであれば2L (2.5L)
・尿浸透圧が500mOsm/kgであれば1.2L (1.7L)
上述のように日本食は水分量が多いため、一般的に尿浸透圧が500mOsm/kg以上であれば、飲水制限だけでは低Na血症の治療は困難なことが多く、その場合は下記のV2受容体拮抗薬あるいはデメクロサイクリンを用いることになる。
2)Na負荷
SIADHでは定常状態では体液量がほぼ正常で、体内総Na量は減少している。このため、食塩摂取量は1日10 g程度に多くする。あるいは、鉱質コルチコイド製剤であるフルドロコルチゾンも尿中Na排泄を減少させるので有効である。ただし、浮腫や高血圧の発生に注意が必要である。
3)V2受容体拮抗薬
SIADHの治療として、本来もっとも理にかなった薬剤と考えられる。現在日本ではモザバプタンとトルバプタンの2種類が販売されている。しかし、モザバプタン(フィズリン)は異所性AVP産生腫瘍によるSIADHのみが保険適用であり、7日間までの使用しか認められてない。
トルバプタン(サムスカ)は従来、心不全のみでSIADHに適応がなかった。しかし、関係者の長年の努力により、2020年6月29日 SIADHに対し承認された。
サムスカ
https://www.otsuka-elibrary.jp/pdf_viewer/index.html?f=/file/1096/sambnotk.pdf
サムスカの添付文書では、SIADHに対しては7.5mgで投与開始となっている。
これは、その承認の元となった下記臨床試験の結果に基づくものである。
Arima H, Goto K, Motozawa T, Mouri M, Watanabe R, Hirano T, Ishikawa SE.
Endocr J. 2021 Jan 28;68(1):17-29.
しかし、この論文にも書かれているように、血清Naの過剰補正による浸透圧性脱髄症候群(ODS)の発症を避けるには、以下のようなODSの高リスク群では、さらに少ない3.75mgでの投与開始も考慮すべきとされている。
(血清Na 110mEq/L未満、低K血症、低栄養、アルコール中毒、肝障害)
これらに限らず、日本人では全例3.75mgで開始したほうがいいという考え方もある。
今までのところ、トルバプタンによるODSの発症は世界的にも報告されていないと思われる。
しかし、SIADHのラットモデルでは、トルバプタンによりODSを生じることが示されており、十分な注意が必要と考えられる。
Minocycline prevents osmotic demyelination associated with aquaresis.
Kidney Int. 2014 Nov;86(5):954-64.
4)デメクロサイクリン(レダマイシン)
V2受容体拮抗薬の代用として以前から用いられている。テトラサイクリン系の抗生物質であり、機序の詳細は不明であるがAVPの抗利尿作用を減弱させる11)。SIADHは保険適用外の使用となり、また腎障害などの副作用にも注意が必要である。また、ワーファリンを内服している患者などでは、腸内細菌叢の変化によるビタミンK不足からの出血傾向にも注意が必要である。通常は1日450~900mg程度を要する場合が多い。
5)SGLT-2阻害薬
SGLT-2阻害薬は浸透圧利尿により自由水の排泄を増大させることから、SIADHに対する治療効果が期待されている。Refardtらによる研究では、SIADHの入院患者88名に水制限に加えてempaglifrogin 25mgかplaceboを投与したところ、4日後にempa群では10mEq/L、placebo群では7mEq/Lの血清Naの上昇がみられ、両群間に有意差を認めた。血清Naが130mEq/L以上になったのはempa群が87%、placebo群が68%であった。
SGLT-2 Inhibitors to Treat Hyponatremia Associated with SIADH: A Novel Indication?
Sarafidis P, Loutradis C, Ferro CJ, Ortiz A.
Am J Nephrol. 2020;51(7):553-555.
意識障害を伴うような高度の低Na血症の場合は、高張食塩水を投与して、速やかに低Na血症を改善し、脳浮腫を防止する必要がある。一般に血清Naの4~6 mEq/Lの上昇で、症状の改善が見られることが多い14)。しかし、血清Na濃度が急速に上昇しすぎると橋中心性髄鞘崩壊などの浸透圧性脱髄症候群を発症する危険性があるので、その予防のために、血清Naの上昇は24時間で10 mEq/L以下かつ48時間で18 mEq/L以下に抑えるべきとされている12)。
ただし、脳浮腫と浸透圧性脱髄症候群のリスクにいずれを重要視するかは症例によって異なる。昏睡、異常呼吸、瞳孔散大、片麻痺などが見られたときは、高度の脳浮腫による脳ヘルニアの可能性があり、救命のために緊急の対応が必要となる。この場合は、3% NaCl 100ml をbolusで静注し、症状改善が認められなければ10分おきに3回まで繰り返す14)。
輸液による血清Naの予測式としてはAdrogue-Madiasの式(表3)がよく知られている13)。さらに大まかな目安としては、3% NaClの1.0 ml/kgの投与で血清Naの1 mEq/L程度の上昇が予測される。したがって、3% NaCl を0.5 ~1.0 ml/kg/hourの速度で開始し、2~3時間毎に血清Naをチェックして、血清Naの上昇が0.5~1.0 mEq/L/hourとなるように調節し、過剰補正とならないよう1日の補正は8 mEq/Lを目標とする。また、尿中のNa+K濃度も考慮する必要がある。尿中Na+K < 血清Naであれば、尿からの自由水排泄により血清Naは上昇に向かうと考えられる。特に水中毒の場合は、希釈尿の大量排泄により、血清Naが急激に上昇しやすいので過剰補正にならないよう注意が必要である。
(3%NaClの使用法については、次頁(3%高張食塩水の使い方)も参考に。)
表3.Adrogue-Madiasの式
輸液1L投与後の血清Naの変化(mEq/L)
=(輸液中のNa + K濃度 - 血清Na濃度)÷(体内総水分量+1)
例)成人男性、体重50kg(体内総水分量 30L)、血清Na 110 mEq/Lの場合
3% NaCl(Na濃度 513 mEq/L)を1L投与すると血清Na は13 mEq/L上昇。
したがって、77 ml/hourの投与で1 mEq/L/hourの上昇が予測される。
・高度の低Na血症 (血清Na 130mEq/L未満)
・低Na血症の鑑別診断に難渋したとき。特に副腎不全が疑われるとき
・症候性の低Na血症。特に補正のために高張食塩水を使用するとき
無症候性の低Na血症であればあわてて治療する必要はなく、じっくりと原因精査を進めればよい。SIADHの治療の基本は原因疾患の治療である。ただし、高度の低Na血症であれば症候性に移行する可能性が高くなる。また、鑑別診断の中でも副腎不全の除外は重要である。症候性で特に痙攣や昏睡を呈している場合は脳ヘルニアから死にいたる可能性があるので早急な対応が必要である。しかしこの場合でも血清Naを急速に上げすぎると橋中心髄鞘崩壊などの深刻な浸透圧性脱髄を生じる可能性があるので、過剰補正は禁忌である。従って補正のために高張食塩水を使用するときは専門医に紹介するのが賢明である。
血清Naが急激に上昇にすると細胞内外の浸透圧格差により脳血管内皮細胞の容積が縮小し脳血液関門が破綻する。その結果、血漿成分の脳内流入がミクログリアの活性化を招いて、オリゴデンドロサイトを傷害し、脱髄を生ずるものである。橋の中心部におこることが多く橋中心性髄鞘崩壊(CPM)と呼ばれるが、橋外に生じることもまれではない。MRIではT2強調画像で高信号を呈する。症状出現には数日間を要し、意識障害や四肢麻痺など多彩な神経症状を呈して致命的なこともある。従来は不可逆性の重篤な疾患とも考えられていたが、実際には軽症で回復する例もみられる。しかし、有効な治療法はなく、予防が大切である。そのためには本文に記載にように血清Naの過剰補正をしないのが第一である。特にアルコール中毒患者はODSの高リスク群であり注意が必要である。さらに、近年ミノサイクリンにODS発症予防効果のあることが動物実験で証明され、現在名古屋大学を中心に臨床試験が進行中である。
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